フィル・スペルターとウォール・オブ・サウンド。

The Phil Spector Collection

 

 フィル・スペクターとウォール・オブ・サウンドについて書いてみようと思います。ただの思いつきで書いています。


The Ronettes - BE MY BABY - live [HQ] - YouTube

 ネットで”フィル・スペクター”と検索をかけると、「オーバーダビングを繰り返して重厚なサウンド」みたいな記述が出てくる事があります。オーバーダビングをしていない訳では無いので、完全な間違いでは無いのですが、誤解を招く記述だと思います。

 まずは、1960年代のレコーディングスタジオの環境について説明しておきます。この時代、マルチトラックレコーダーは登場していたのですが、トラック数が4程度でした。(例外として、4トラックのマルチを4台同期させて16トラックのレコーダーとして使うというのがありましたが。)このトラック数だと、オーバーダビングを繰り返して録音していくのには、かなり厳しいものがあります。ですから基本一発録りでバッキング、そこに歌やリードギターをオーバーダブするのが一般的だったようです。

 フィル・スペクターがレコーディングで使用していたゴールド・スター・スタジオは、12チャンネルのミキサーに3トラックのレコーダーです。当時としては標準的なスペックなのでしょうが、何回もオーバーダビングをするには厳しい環境と言えます。

 では、どのようにしてスペクターはあの重厚なサウンドをつくったのか。答えは”人海戦術”とでも言えば良いのでしょうか?ギターを4人、パーカッション4人、ピアノ2人、ベース、ドラム、サックス等々十数人のミュージシャンをスタジオ内に押し込んで一発録りをして作っていました。

 そして、スペクター本人が気に入るまで、何回も何回もやり直しを要求しました。たしか、「Be My Baby」は42テイク目がOKテイクだったかと。おそらくですが、何回も音を重ねたと誤解されているのは、たぶんこの事だったのではないか?と思います。

 この「Be My Baby」のセッションで面白い逸話がありまして。当時スペクターのアシスタントをしていたニノ・テンポがスタジオで見守っていたのですが、あまりにも長時間にもわたるセッションでスタジオ・ミュージシャン達も疲れてしまい、細かいミスをするようになってしまいます。テンポは、スペクターに「あいつらミスし放題だけどいいのか?これでレコードを作ろうったて無理だぜ」と進言するのですが、それに対するスペクターの答えが素晴らしい。「あっちで何がおきていようが気にしなくていい。肝心なのはこっちのスピーカー(ミキシング・ルームのモニター)からなにが聞こえてくるかなんだ」

  ミキサーのチャンネル数も限られているので、必然的に1本のマイクで複数の楽器の音を録る事になります。ゴールド・スターは広いスタジオではなかったので、完全に他の楽器の音を遮断する事などできるはずもありません。ハイファイ思考でレコーディングするのなら、ありえない環境ですが、スペクターはこれを逆手にとって音のカブリ具合を微調整しながらあのサウンドを作り上げたそうです。

 スペクターのサウンドの特徴として深いエコーが挙げられますが、スペクターのレコーディングを支えていたエンジニア、ラリー・レビンによると、「みんながエコーだと思っているのは、実はエコーではない」との事。大人数での一発録りによる音のカブリがキモだという理解で良いのでしょうか?

 ロネッツ、クルスタルズ等フィレス初期の作品はエコーは控えめです。ライチャス・ブラザーズ辺りから派手になっていきます。アイク&ティナ・ターナー「Rever Deep,Mountain High」なんて過剰なほどのエコーが・・・。

 

 60年代、スペクターが行っていたこの手法は、規模の違いこそあれ、ベーシック・トラックは一発録りという意味では一般的な方法だったと言えます。レコーダーのトラック数が少ないのですから、そうせざる得ない。それが時代が進むにつれ、8トラックが登場し、16トラックになり、24トラック。今ではデジタルのレコーディングでトラック数はいくらでも使えます。音を重ねたいのであれば、一人多重録音でオーバーダビングが可能となりました。この感覚でスペクターのサウンドを観察すると、”オーバーダビングを繰り返して作り出したサウンド”という結論になってしまうのではないか?と推測してしまうのです。

 とは言っても、大切なのは”スピーカーから出てくる音”であって、オバーダブだろうが一発録りだろうが、”あちら”でおこった事は細かい事まで気にする必要はないのかもしれません。少なくともリスナーの立場からすれば。

 

以下参考文献。

 音の壁の向こう側 フィル・スペクター読本 レッキング・クルーのいい仕事 (P-Vine Books)